『「トウモロコシについてたタグには,日本の北海道というところで獲れたトウモロコシだと書いてあったわ」と彼女はチャットで笑いながら答えていた』。
quote:世界初の私的な有人宇宙飛行機であるスペースシップワン号は月曜日に,一般的には宇宙との境目となる62マイルより上空に到達した。民間の宇宙への飛行に1000万ドルの賞金を用意していたAnsari X賞の責任者は,この飛行が宇宙旅行産業の始まりになると述べた。またAnsari X賞を主催するX PRIZE財団の創設者は次のように語った。「きょう,歴史が創られた。私たちは,新しい時代の誕生,宇宙飛行革命に居合わせたのだ」。
私事だが,知り合いが英国から帰ってきた。日本に着いて家に戻ったとメールが来たのだが,なんとなく「おかえりなさい」という言葉が出てこなかった。なんでだろうと考えてたんだけど,やっぱり距離感がなくなってるからかもと思い当たった。たとえば10年前なら,地球を1周して来ましたなんて人がいたら,とんでもない大旅行をしてきたように感じたかもしれないが,きのうわたしは,南仏の大学生のサーバーから35GBのデータを4時間ほどで落とした。もちろんテキストファイル1個なら数秒で落とせただろうが,もし飛行機に乗ってそのファイルを運ぶと,飛行機に乗っている時間だけでも7時間ほどかかる。乗り継ぎや空港までの移動も入れると10時間弱だ。何時間もかかるところと数秒,数分ですむところの距離が同じとは,やはり思えない。
この,距離感の喪失は,地球が大きな球であることを忘れさせる。遠いところ,とは,通信回線の整っていないところという意味になり,アナログ回線で接続している同じ街にいる人は,地球の裏側にいる人よりも遠いところにいることになる。宇宙は,そう考えるとまだ地球よりも遠いが,近い将来その考えも変わるだろう(ITmedia Newsの記事)。そのとき,宇宙への夢はある意味でかなうことになり,自分の部屋の冷蔵庫にある北海道産のトウモロコシと,火星の上で焼きトウモロコシをほお張る女の子とは,同じ秒数でアクセスできるようになる。その,距離感のない意識に慣れるために,わたしたちはいま生活しているのだとも云える。
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